労働契約書を紙原本から電子データに切り替えるという発表が政府からあったと聞きました。このことについて概要と、押さえておくべき点について教えてください。
昨年末に発表された政令によると、現在は電子労働契約の導入にあたり、その利用を推奨している段階です。ただ今後の義務化も今の流れでは十分考えられるので、まずはその概要を理解しておくことから準備を始めてください。
ベトナムでの事業運営において、労働契約の管理は常にコンプライアンスの要となります。2025年末に公布された最新の政令第337/2025/NĐ-CP号は、これまでの紙ベースの慣習を大きく変える「電子労働契約」の法的枠組みを決定づけるものとなりました。今回は各企業で直面するであろう疑問や実務への影響を加味した上で、本政令の概要とポイントを解説します。
電子労働契約の定義と法的地位
電子契約は紙原本と同じように法廷や行政機関で効力を持つのか、という不安を抱く人事担当者の方も少なくありませんが、本政令はその電子データに明確な法的能力をもたらしています。
電子労働契約とは、労働法および電子取引法の規定に基づき、データメッセージ形式で作成・締結される契約を指し、従来の紙の契約書と全く同等の法的価値を有すると定義されています。この信頼性を支える基盤として、ベトナム内務省が構築・運営する「電子労働契約プラットフォーム」が導入され、国内全域の契約データを一括管理する国家インフラとして機能します。全ての電子契約には、このプラットフォームから発行される固有の識別コード(ID)が付与されるため、データの改ざん防止や追跡能力が極めて高いレベルとなっています。
施行の意図と任意性:DX推進への「推奨」

新しい義務が増えて現場の負担になるのではないかと考える方もいらっしゃるでしょう。現時点での政府の姿勢は、強制的な縛りではなく効率的な管理への「奨励」というスタンスをとっています。
本政令第4条第3項では、人事管理や行政手続きにおいて、紙の契約書に代わって電子労働契約を使用することが明確に「推奨」されています。この方針は、電子取引法やデータ法といった国家レベルの上位法と連動しており、ベトナム全体のデジタル経済・デジタル社会を加速させる戦略的な一環として位置づけられています。
企業にとっては、単なる物理的な保管スペースやコストの削減に留まらず、プラットフォームを通じて労働状況報告を自動化できるなど、バックオフィス業務の劇的なスリム化を図る絶好の機会にもなるでしょう。特に従業員数が多い企業ほど移行に苦労をする分、受ける恩恵は大きいと思われます。
具体的な実施プロセス:締結からID付与まで
では電子労働契約を締結するにあたり、具体的に何を準備すればいいのでしょうか。実務的なステップについて、本政令は透明性の高いプロセスを定めています。
まず、企業は内務省のプラットフォームとAPI連携が可能で、電子署名やタイムスタンプ機能を備えた認定「eContractプロバイダー」を選定し、そのシステムを通じて契約を締結する必要があります。締結に際しては、当事者双方が有効な身分証明書や電子身分証を用いた本人確認(eKYC)を行い、法的に認められた電子署名を付与することが必須条件となります。特筆すべき点として、契約が最終署名された後、24時間以内にプロバイダーを通じてプラットフォームへデータを送信し、公式なIDを取得しなければならないという時間的制約が設けられています。また、既存の紙の契約書を電子データへ転換し、同様のプロセスを経てデジタル管理下に置くことも正式に認められています。
このように文章で羅列すると少しわかりにくいですが、同政令が施行された時点ではこの流れを大まかに把握できれば十分です。
行政手続きとの連携と将来の強制化の可能性
今は任意でも、いずれは強制になるという先読みは、リスク管理の観点から非常に重要です。本政令の構造を分析すると、将来的な「標準化」への強い意志が随所に感じられます。プラットフォームに蓄積されたデータは、行政手続きの解決や国家データベース間での情報照合に活用されることが明記されており、社会保険手続きや労働局への報告業務と直接連携する仕組みが整えられています 。内務省は国家データセンターのインフラを活用し、データの正確性と安全性を極めて高いレベルで管理することを責務としています 。今後、公共管理の透明化が進むにつれ、特定の行政サービスを受ける際に電子契約の利用が「事実上の前提条件」となる可能性は十分にあり、企業は今のうちからこのデジタル基盤に順応させておくことが賢明と言えるでしょう。
ここ最近でベトナム政府によるデジタル化の推進は随所で見られます。各申請手続きでも、これまで紙媒体で受け取っていた書類をデジタル媒体でのみ受け付けるという事例が実際に発生しています。この流れは今後、労働契約書を提出する行政手続きに適用される可能性も十分ありますので、現在の推奨段階でどういったものかを理解しておいて損はありません。
尚、本政令(337/2025/NĐ-CP)は2026年1月1日より施行され、プラットフォームの本格稼働は遅くとも2026年7月1日までに開始される予定です。













